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11年・総額700万円超。全身バイオメカを貫いた男の選択 ― バイオメカ竜弥インタビュー

20代前半から11年以上。時間もお金も、そして人生の選択すらも「バイオメカタトゥー」に注ぎ込んできた一人の男がいる。
その名はバイオメカ竜弥
本記事では、全身を覆うバイオメカタトゥーを完成させた彼が、なぜこの道を選び、何を得て、何を考えてきたのかを掘り下げていく。


■ プロフィール

名前:バイオメカ竜弥
年齢:35歳
職業:溶接職
Instagram:@oishiimizu24

普段は一般企業に勤める会社員。仕事中は防護服を着用するため、職場でタトゥーが露出することはない。
一見するとごく普通の社会人だが、その身体には、日本でも稀有なレベルの全身バイオメカタトゥーが刻まれている。


■ すべての始まりは「失敗したファーストタトゥー」

最初のタトゥーは20歳。自分で入れたが「思いのほかクオリティが低かった」

当時の彼は、「タトゥーとはこういうものなのか」と半ば諦めにも似た気持ちで、そのタトゥーと共に日々を過ごしていたという。

転機が訪れたのは4年後。
“カバーアップ”という選択肢を知り、タトゥーに対する見方が一変した。

2014年に“カバーアップ”を知ってから、全身バイオメカへの道が一気に加速した

ここから、現在に至るまで続く長い旅が始まる。


■ なぜバイオメカだったのか

バイオメカ竜弥がこのジャンルに惹かれた理由は、幼少期の体験にある。

子供の頃から、どこか「気持ち悪さ」を感じさせるデザインに強く惹かれていた。
特に印象に残っているのが、OVA作品として制作された仮面ライダーZOだったという。

生命体と機械が融合したような造形。
その後にハマった映画『エイリアン』『プレデター』の世界観も含め、「生物 × 機械」という美学は、無意識のうちに彼の中に刷り込まれていった。

バイオメカタトゥーというジャンルを知ったとき、彼は直感的に理解したという。
「これは、自分がずっと好きだったものだ」と。


■ 11年間、同じ彫師に通い続けた理由

11年間、同じ彫師に通い続け「浮気なし」。月1〜2回のペースで彫り進めた

当時、バイオメカを本格的に彫れる彫師は日本でもごくわずかだった。
その中で彼は、最初から一人の彫師に身体を預けることを決めた。

セッションは8時間に及ぶことも珍しくなく、回数や総施術時間は本人も把握できていない。
ただ一つ確かなのは、「積み重ねてきた年月」そのものだ。


■ 金額よりも重かった“人生設計”

費やした金額は700万円超、800万円未満。「いろいろ込みで750万円くらい」

この金額を聞いて、多くの人は驚くだろう。
しかし、より注目すべきは、そのために選んだ人生設計だ。

タトゥーに集中するため、20代前半で一人暮らしではなく“家を建てる”選択をした

実家の建て替えを決断し、親と組むローンを選択。
車も燃費重視のハイブリッドカーにし、生活コストを極限まで抑えた。

すべては「好きなものに全力投資するため」だった。


■ 全身を彫ってわかった“本当の痛み”

一番痛かったのは足の甲。「涙も汗も油汗も、全部出た」

2時間に及ぶ施術中、逃げ場はない。
他にも、脇腹、Vゾーン、後頭部、耳の裏などは強烈な痛みを伴ったという。

施術後に一時的な発熱を経験することもあったが、長引くことはなかった。


■ タトゥーと社会の間で

温泉、プール、ジム。
日本では今なお、タトゥーによる制限は多い。

保険はタトゥーを入れる前に加入していたため問題なし。
温泉やプールにも元々強いこだわりはなかった。

一方で、ジムは入店を断られることもあり、そこは不便さを感じているという。

海外の人から「タトゥーかっこいいね」と声をかけられる。ライブやフェスでは交流のきっかけになる


■ コンベンションでの受賞が意味するもの

2024年、キングオブタトゥーでベストボディ部門優勝。
東京ベイタトゥーフェスティバルでも複数部門で優勝を重ねた。

評価されたのは「自分」ではなく、彫師の技術だった

そのスタンスは、終始一貫している。


■ 業界へのメッセージ

業界へのメッセージは「彫師ファースト」

彫師には得意なスタイルがあり、そこを見極めずに口出しをすると、作品は崩れる。
安さやSNSの情報だけで判断するのではなく、信頼して任せることが、結果的に一番かっこいいタトゥーにつながる。

SNSで誰でも名乗れてしまう曖昧さに危機感。「教科書のようなガイドラインが必要」


■ 完成した“その先”へ

11年をかけて全身バイオメカを完成させた今、次の明確な目標はまだない。

それでも、これまで制限してきたライブや趣味を楽しみながら、
必要とされるなら、日本のタトゥーシーンを盛り上げる役割にも関わっていきたいと語る。

身体を通して、一つの美学を貫いた男の物語は、
まだ静かに、続いていく。

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